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トンデモ社長のトンデモ営業術【築地修行録3】

この話は全くもって実話です(※登場人物や店舗等の名前は仮名にしてあります)。

 

前回の記事はこちら

目からウロコ、社長の営業方法【築地修行録2】

 

築地市場から疾走する社長のセルシオ

築地を出発して常磐道を2時間疾走し、社長セルシオは北関東のある都市に到着。小綺麗なホテルの業者用の駐車場にセルシオを駐車すると、社長と私は通用口で入館許可証を受けとった。

社長は薄暗い通路を右に左にスイスイと進んでいく。ホテルのバックヤードはくねくねとしていて、自分が今どこにいるのか全く把握できない。

 

▲薄暗いホテルのバックヤード

 

 

レストラン・洋食・宴会・和食それぞれの部門に厨房があり、目当てのシェフがどこにいるのか探しあてるだけでも時間がかかってしまう。社長は勝手知ったる様子で次々と厨房に顔を出し、シェフ(総料理長)を探しだした。

 

「どーも、総料理長!ご無沙汰しています。築地の大祥(だいしょう ※仮名)です!」

社長の声はよく通る。

 

「あっ」と言った総料理長、

一瞬浮かんだ嫌そうな表情を私は見逃さなかった。

 

「何しに築地から来たの?」

総料理長は長身ですっとした体型に、白いコックコートを着て長い帽子を被っている。

 

▲見た目がもうすでに怖い総料理長(イメージ)

 

 

『ほほーっ。他のコックさんより帽子が長いや。帽子の長さで身分が分かるんだな』

と、初めて見る料理人を観察する私。

 

洋食の総料理長はオシャレな雰囲気のある人だったが、顔つきや目つきは鋭い。

社長は構わず話を続ける。

 

「何しにって、総料理長のお顔を拝みにやって参りました。どうですか、最近の状況は?」

通り一遍の挨拶をすると、社長、早速営業の本題へと移る。

 

「今、結婚式でお使いの冷凍伊勢海老。ウチでも扱ってますから使ってみてください。1尾500gを使いやすいようにハーフカットにします」

 

▲お祝いにはかかせない伊勢海老料理

 

 

「この近くの加工工場と提携しましたから、品質も万全です!」

「この金額だったら、今ご使用のモノより安くなりますから」

「すぐ納品できますよ」

 

矢継ぎ早に繰り出される、社長の営業トーク。

押して押して押しまくる。

 

「分かったよ、ちょっと検討して連絡するよ」

社長の勢いに押し出される格好で、総料理長が根負けしたようだ。

 

▲押して押して押しまくる営業(脳内イメージ)

 

 

これは貰った!そう思えるほどの会心の営業に見えた。

今まで他業種で営業を経験していた私の勘だった。

 

常磐道を築地へと戻る道すがら、ゴキゲンの社長が私に言った。

 

「じゃあ、こんな調子で明日から営業頼むよ。これからは一人ね。」

 

「えー!いきなり明日からですか?私、魚、知らないですよ。」

 

「大丈夫、君ならできる。今のホテルも含めて、北関東を担当してもらうから」

 

「は、はぁ、分かりました」

シトシトと冷たい小雨が降り出し、セルシオのワイパーが左右に動く。

嫌な予感がした。

 

 

悪夢はいつだって遅れてやってくる

早朝5時前に家を出て、最寄りの駅から始発にのり築地に6時過ぎに着く。9時までは出荷の手伝いをして、その後は事務所で着替えたあと、会社の軽自動車にのって北関東に営業に向かう。これが私のルーチンワークとなった。

社長とのたった一度きりの同行営業後、私は一人で北関東のあのホテルに営業に向かった。社長と訪れた日から2日経っていたと思う。

 

ポンコツ軽自動車(しかもマニュアル車)は、セルシオのようにスピードがでるはずもなく、それでも、築地から3時間弱でホテルに到着した。業者用駐車場にポンコツを止め、通用口を経て目的の総料理長を探す。

 

迷路のようなホテルのバックヤードで、行き先が分からず右往左往してしまう。配膳を準備している従業員の方に教えてもらい、やっと総料理長を探し出した。

 

「あ、大祥です。先日はどうもありがとうございました」

 

「お、君か。今日は社長来てないんだな。そうそう、冷凍の伊勢海老だけどオタクに発注することにしたよ。早速だけど今週金曜日に100本入れてくれない」

 

「あ、ありがとうございます!分かりました、金曜日ですね」

 

キタ。やっぱり受注した。

こんなにあっさり決まるものなんだと心に思った。

 

▲イェアァァァァァー!

 

 

「提携している工場でハーフカットにしてくれよ。じゃあ頼んだよ」

 

「ありがとうございます!分かりました!」

『”ありがとう”と”分かりました”しか言ってない…』

 

今日は月曜日、金曜日に納品するなら木曜日に築地から発送すればいいのだろう。頭の中で出荷の段取りをしながら、ウキウキでポンコツに戻る。駐車場のポンコツ車内から社長に電話をする。

 

「社長~。注文頂きました!例の伊勢海老です。今週金曜日に100本納品です」

ところが、携帯から社長の信じられない声が聞こえた。

 

「総料理長にちょっと待ってと言って」

 

「えっ、あの時すぐ出せるって仰ってませんでした?」

ウキウキ気分から一転、私は狼狽した。

 

「ちょっと待って、これから原料を探すから」

 

「は?加工工場にあるんじゃないですか?!」

うろたえている私に社長の無情な一言が響いた。

 

「加工工場、そんなものはない・・・」

 

▲え・・・マジすか!?

 

 

ガランとした駐車場、ポンコツ車内。視界が歪んだ。

 

 

嫌な予感は犬が棒に当たるよりもよく当たる

重い足取りで総料理長に再び会いに行く。

そして、予想通りの反応をいただいた。

 

▲料理長はこんな顔してました

 

1.うわー総料理長、怒ると青鬼のような形相やなー。

2.社長はいったいどういうつもりなんだろう。

3.本当に申し訳ございません。

 

心の中で1から3を何度くり返したろうか。

 

最後に総料理長が、「だからお前んとこは信用が置けないんだよ」

お辞儀とともに消え入るような声で「3」を伝える。

 

呆然としてポンコツで築地に帰る途中、初めて会った時の総料理長の一瞬の表情の意味を理解した。

常磐道はやっぱり雨が降っていた。

 

▲暗澹たる私の先行き

 

 

次回に続く。

by
築地の仲卸にて修行後に独立起業。家族や両親に食べさせたいと思える食材だけを扱うことがモットー。現在は4児の父として子どもたちに振り回されています。